この日記ももうすぐ7777ヒット。
2003年8月27日 エロくもないし、女性の日記というわけでもないし、中身は読書とその周辺で軟らかい話ではないし、多くの人に読んでもらえる要素はあんまりないのだが、それでも「継続は力なり」で11ヶ月弱かかって7777ヒットにまであと少しとなった。
初期に相互リンクしてくださったけれど、今は日記を削除した人もいる。所詮はインターネットのうたかたの中での出来事とは言えるのだけれど、うたかたの中で心が通じ合うこともあるのが愛おしい。そう、この世の中だって十分にうたかた(泡沫)なのだよね。
【今日の一言】
I am not afraid of tomorrow,
for I have seen yesterday and I love today.
---William Allen White.
初期に相互リンクしてくださったけれど、今は日記を削除した人もいる。所詮はインターネットのうたかたの中での出来事とは言えるのだけれど、うたかたの中で心が通じ合うこともあるのが愛おしい。そう、この世の中だって十分にうたかた(泡沫)なのだよね。
【今日の一言】
I am not afraid of tomorrow,
for I have seen yesterday and I love today.
---William Allen White.
更新二日分。
2003年8月26日 昨日更新しようとしたら、できなかった。ちゃんと書き込めてるような応答は帰ってくるのだけれど、日記の本体は変わっていない。更新順インデックスとか、ジャンル別・地域別インデックスには新しい方の題名が入っていたから、本体ファイルを溜めてるディスクの不良かなと思っていたのだが、案の定であった。
長い日記を書いて更新に失敗するとどっと疲れるよなあ。自分はメールでバックアップを取っているので、昨日の分も今日更新できたんだけどね。
長い日記を書いて更新に失敗するとどっと疲れるよなあ。自分はメールでバックアップを取っているので、昨日の分も今日更新できたんだけどね。
面白かったのはどこだろう?
2003年8月25日 今読んでいるのは、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」だ。Catcher in the Rye の村上春樹訳である。以前、野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」は読んだことがある。
野崎訳のほうは、以前小泉今日子が自分の番組で紹介して、そのため凄く売れたことがある。その話を聞いて、どこが面白かったと思ったんだろう?と思った覚えがある。小泉今日子ごときにサリンジャーの良さなど分かるわけがないというのではなく、正直、自分は「この本のここが面白い」とうまく言葉に出来なかったからだ。ホールデン・コールフィールド君(18歳)の一人語り小説で、男の子だったこともある自分には「ああ、わかるわかる」という部分があるのだが、男の子であったことのない---はずの---小泉今日子には、そういう共感はなさそうであるし。
今、村上春樹訳を読んで、以前より良く把握出来ているかというととてもそんな自信はない。この小説の意味するところを掴むことは果たして可能なのか。あるいは今の自分は何をこの小説からつかみ取れるのか。
読書ログを書くときに考えよう。
野崎訳のほうは、以前小泉今日子が自分の番組で紹介して、そのため凄く売れたことがある。その話を聞いて、どこが面白かったと思ったんだろう?と思った覚えがある。小泉今日子ごときにサリンジャーの良さなど分かるわけがないというのではなく、正直、自分は「この本のここが面白い」とうまく言葉に出来なかったからだ。ホールデン・コールフィールド君(18歳)の一人語り小説で、男の子だったこともある自分には「ああ、わかるわかる」という部分があるのだが、男の子であったことのない---はずの---小泉今日子には、そういう共感はなさそうであるし。
今、村上春樹訳を読んで、以前より良く把握出来ているかというととてもそんな自信はない。この小説の意味するところを掴むことは果たして可能なのか。あるいは今の自分は何をこの小説からつかみ取れるのか。
読書ログを書くときに考えよう。
図書館の功罪。
2003年8月24日 たまたまテレビで、「今の図書館はけしからん。同じ本を20冊も買っている。これをみんなが読むから本が売れないのだ」と言っている人がいた。
でもさあ、図書館で借りる人は図書館に無かったら買う人だと思っているのかな。図書館で借りる人は一回読めば十分だと思うから買う気がしないのだとは思わないのかな。何度も読み返したい、手元に置いておきたい、そういう気にさせる本を書けないのは自分の力量が足りないせいだとは思わないのかな。
図書館が買わなくなったらどうなるかというと、図書館の買う20冊分が売れなくなるだけだという気がする。そう思いませんか?
※「神聖ローマ帝国」の読書ログは掲載済み。
でもさあ、図書館で借りる人は図書館に無かったら買う人だと思っているのかな。図書館で借りる人は一回読めば十分だと思うから買う気がしないのだとは思わないのかな。何度も読み返したい、手元に置いておきたい、そういう気にさせる本を書けないのは自分の力量が足りないせいだとは思わないのかな。
図書館が買わなくなったらどうなるかというと、図書館の買う20冊分が売れなくなるだけだという気がする。そう思いませんか?
※「神聖ローマ帝国」の読書ログは掲載済み。
「神聖ローマ帝国」読了。
2003年8月23日 今日気が付いたのだが、この著者の本はもう一冊読んでいた(「傭兵の二千年史」)。そういえば、その本とは文体似てるような気がするな。要するに、名調子なのだが後に残らないという。美文調ならまだもうちょっと評価の仕方もあるんだけど。
といいつつ、読書ログは先延ばし。
「来月頭」と言われていた本の入荷案内が届く。なんだ、10日ぐらいで入荷したじゃん。十分十分。
といいつつ、読書ログは先延ばし。
「来月頭」と言われていた本の入荷案内が届く。なんだ、10日ぐらいで入荷したじゃん。十分十分。
図らずも同じ著者。
2003年8月22日 中世ヨーロッパ史は、興味のある分野の一つである。気が向くと、それっぽい本を手にする。題名を見て書棚から取り出し、ぱらぱらと見て(これ大事)購入するのである。小説なんかと違って、著者名は気にしない。
今読んでいる「神聖ローマ帝国」という本もそうやって買ってきた本なのだが、以前読んだ「戦うハプスブルク家」という本と著者が同じだった。確かに、このテーマで本を書ける程の人があまりいなければ、どうしたってこういうことになるわけである。
それにしても、かなり特徴のある文章なんだけれど、前に読んだなという感じは受けなかった。小説以外では、基本的に文章そのものではなく文章に載せられた情報を得るのが、自分の読書作法なのかも知れない。いちいち意識はしていないのだけれど。
今読んでいる「神聖ローマ帝国」という本もそうやって買ってきた本なのだが、以前読んだ「戦うハプスブルク家」という本と著者が同じだった。確かに、このテーマで本を書ける程の人があまりいなければ、どうしたってこういうことになるわけである。
それにしても、かなり特徴のある文章なんだけれど、前に読んだなという感じは受けなかった。小説以外では、基本的に文章そのものではなく文章に載せられた情報を得るのが、自分の読書作法なのかも知れない。いちいち意識はしていないのだけれど。
部屋を片づける。
2003年8月21日 周期的に出てくるこのネタ。大抵「片づかない」と落ちるのだが、今日はちょっと違う。少し片づいたからだ。
といっても「少し」に過ぎないのでそんなに威張れない。ゴミとそうでない物を分けて、ゴミをまとめたに過ぎないのだ。これをゴミの日に出してしまえば少しはすっきりするわけだが、文字通り焼け石に水という感じである。
なぜこんなに片づかないかというと、物を捨てられないからなんだよな。どうせ捨てても大して困りはしないのだから、どんどん捨てても良いような物なのだけど、捨てられない。特に読んだ本が捨てられない。部屋がすっきり片づくのは遠い将来の話になりそうである。次の引っ越しまでにはどうにかしたいと思ってはいるのだが。
といっても「少し」に過ぎないのでそんなに威張れない。ゴミとそうでない物を分けて、ゴミをまとめたに過ぎないのだ。これをゴミの日に出してしまえば少しはすっきりするわけだが、文字通り焼け石に水という感じである。
なぜこんなに片づかないかというと、物を捨てられないからなんだよな。どうせ捨てても大して困りはしないのだから、どんどん捨てても良いような物なのだけど、捨てられない。特に読んだ本が捨てられない。部屋がすっきり片づくのは遠い将来の話になりそうである。次の引っ越しまでにはどうにかしたいと思ってはいるのだが。
ようやく天気も良くなって。
2003年8月20日 傘を持たずに出られるというのはいいことだ。夏らしいからっと晴れた天気はなかなか望めないけれど、荷物が一つ減るだけでも有り難かったりする。
ところで、今読んでいる本を読み終わったら「キャッチャー・イン・ザ・ライ」に取りかかろうかと思う。何せこれを読まないと、「翻訳夜話2---サリンジャー戦記」を読めないので。ここら辺の順番には結構こだわる方なのだ。
ところで、今読んでいる本を読み終わったら「キャッチャー・イン・ザ・ライ」に取りかかろうかと思う。何せこれを読まないと、「翻訳夜話2---サリンジャー戦記」を読めないので。ここら辺の順番には結構こだわる方なのだ。
「なぜ男は『女はバカ』と思ってしまうのか」読了。
2003年8月19日 読書ログは多分明日。
この手の本に対する評価は分かれる。単純化された議論がなされているので、眉唾感も漂う。ただ、自分で考える材料としては、こういう情報も悪くはない。本の主張を仮説として、自分の体験の中で検証するという作業をするには、まあまあ面白い本ではないかと思う。
ただ、女性が幸せになれない原因を解説するのはいいけれど、その克服の方法を述べていないのは不親切な気がするな。
この手の本に対する評価は分かれる。単純化された議論がなされているので、眉唾感も漂う。ただ、自分で考える材料としては、こういう情報も悪くはない。本の主張を仮説として、自分の体験の中で検証するという作業をするには、まあまあ面白い本ではないかと思う。
ただ、女性が幸せになれない原因を解説するのはいいけれど、その克服の方法を述べていないのは不親切な気がするな。
また衝動買い。
2003年8月18日 読みたい本を見つけるのは、一種の出会いのようなものだ。だから、そのうち読もうかな、ぐらいの惹かれ方でも買ってしまう。本は見つけたときに買っておかないと入手できなくなってしまうことも多いのだ。
ところで、ハヤカワ文庫のSF・FTは、マイナーなものを紹介してくれるのはいいのだけれど、すぐ絶版になってしまう。絶版品切れでがっかりする度に、こういうのこそ電子出版に対応してくれないかなあと思う。まだ電子ブックリーダーは性能的に文庫本には叶わないのだけれど、それでも無いよりはましだ。
ところで、ハヤカワ文庫のSF・FTは、マイナーなものを紹介してくれるのはいいのだけれど、すぐ絶版になってしまう。絶版品切れでがっかりする度に、こういうのこそ電子出版に対応してくれないかなあと思う。まだ電子ブックリーダーは性能的に文庫本には叶わないのだけれど、それでも無いよりはましだ。
英語の感覚。
2003年8月17日 言葉が切り取ってくる「意味」は言語によって異なる。
たとえば、"water"は、H2Oという物質のうち液体相にあるものを言うから、"hot water"というのはごく普通の言い方であるのに対し、「水」はそのうち冷たいものを言うので、「熱い水」というのは(意味が通じないわけではないけれど)ヘンな日本語になってしまう。「水」≠"water"なのだ。
こういうことの積み上げが、英語の感覚なのだと思う。特に、日本語にない言い分けが難しい。マーク・ピーターセン氏の本でも繰り返し言われているが、日本人は不定冠詞と定冠詞の使い分けが下手であるのは、日本語にそれに類するものがなく、それを使った表現もないからだ。もう一つ、時制、特に完了時制がないので、そのあたりも弱点だろう。
こんなことを思うと、外国語の習得は絶望的な気もするのだが、これは逆もまた真なりで、日本語にも英語を母国語にする人にとって苦手な概念があるのだ。たとえば、助数詞(1本、1匹、1冊のような、ものを数えるときに使う言葉)なんかがそうらしい。
そう考えると日本語をそれなりに操ることの出来る自分も英語コンプレックスを持つ必要はそんなにあるわけではないと思うのだが、現実にはなかなかそうもいかないのだ。
とまあ、久しぶりに英語に関する本を読んだので、こんな事を書いてみた。
たとえば、"water"は、H2Oという物質のうち液体相にあるものを言うから、"hot water"というのはごく普通の言い方であるのに対し、「水」はそのうち冷たいものを言うので、「熱い水」というのは(意味が通じないわけではないけれど)ヘンな日本語になってしまう。「水」≠"water"なのだ。
こういうことの積み上げが、英語の感覚なのだと思う。特に、日本語にない言い分けが難しい。マーク・ピーターセン氏の本でも繰り返し言われているが、日本人は不定冠詞と定冠詞の使い分けが下手であるのは、日本語にそれに類するものがなく、それを使った表現もないからだ。もう一つ、時制、特に完了時制がないので、そのあたりも弱点だろう。
こんなことを思うと、外国語の習得は絶望的な気もするのだが、これは逆もまた真なりで、日本語にも英語を母国語にする人にとって苦手な概念があるのだ。たとえば、助数詞(1本、1匹、1冊のような、ものを数えるときに使う言葉)なんかがそうらしい。
そう考えると日本語をそれなりに操ることの出来る自分も英語コンプレックスを持つ必要はそんなにあるわけではないと思うのだが、現実にはなかなかそうもいかないのだ。
とまあ、久しぶりに英語に関する本を読んだので、こんな事を書いてみた。
「英語の壁」読了。
2003年8月16日 読書ログはきっと明日書きます。はい。
ところで今日、深夜に某駅を通ったら、柱を背にして立っている男の胸に女の子が顔を埋めている光景に出くわした。これは別に珍しくもなんともないけれど、その男の右手は女の子の背中を優しくさするのではなく、携帯電話を操作していた。そう、その男は女の子の肩越しに携帯をチェックしていたのである。
ぴったりとくっついた二人の間に深くて暗い河が見えた(笑)
ところで今日、深夜に某駅を通ったら、柱を背にして立っている男の胸に女の子が顔を埋めている光景に出くわした。これは別に珍しくもなんともないけれど、その男の右手は女の子の背中を優しくさするのではなく、携帯電話を操作していた。そう、その男は女の子の肩越しに携帯をチェックしていたのである。
ぴったりとくっついた二人の間に深くて暗い河が見えた(笑)
「フリーダムズ・ランディング--到着--」読了。
2003年8月14日 今日、東京は肌寒く雨が降った。
今年は、夏らしい日が少ない。唯一ああ、夏だなあと思ったのが、7月の末に歩いた南紀の海辺だったりする。夏は暑くないとどうにも調子が出ないのだが、たまたま東京電力の電力需給がタイトな年でもあったわけだし、丁度良かったと言ってもいいんじゃないかと思う。
しかし、こう雨が続くとベランダで花火やる暇もないね。
今年は、夏らしい日が少ない。唯一ああ、夏だなあと思ったのが、7月の末に歩いた南紀の海辺だったりする。夏は暑くないとどうにも調子が出ないのだが、たまたま東京電力の電力需給がタイトな年でもあったわけだし、丁度良かったと言ってもいいんじゃないかと思う。
しかし、こう雨が続くとベランダで花火やる暇もないね。
遅く帰った日には。
2003年8月13日 そもそも家にたどり着くための最後の電車に乗った時点で12時を回っているわけだから。今日も眠りにつくのはきっと2時過ぎ。でも、最近はあまり眠らなくても平気。いいことなのかどうなのか。
考えてみれば、昔々、セブンイレブンが本当に11時までしか営業していなかったころは、終電で帰ったらまっすぐ家に戻るしかやることがなかった。しかし、今は終電から降りても煌々と明かりがついている。おにぎりも野菜サラダも買える。それを買って帰って食べると余計に遅くなるのだ。
などということを書いていると、寝るのは余計に遅くなってしまうのである。やれやれ。
考えてみれば、昔々、セブンイレブンが本当に11時までしか営業していなかったころは、終電で帰ったらまっすぐ家に戻るしかやることがなかった。しかし、今は終電から降りても煌々と明かりがついている。おにぎりも野菜サラダも買える。それを買って帰って食べると余計に遅くなるのだ。
などということを書いていると、寝るのは余計に遅くなってしまうのである。やれやれ。
混雑のない電車。
2003年8月12日 盆のいいところは、電車が混まないことだ。地下鉄+私鉄で通勤しているのだが、地下鉄の方はとにかく混むのが普通なので、こういう日はとても落ち着く。本も読みやすい。
と、ポジティブに考えるのが良いでしょう。> 盆にも休まない同志の方々
と、ポジティブに考えるのが良いでしょう。> 盆にも休まない同志の方々
そういえば世の中は盆ですな。
2003年8月11日 特に盆や正月とは関係なく過ごしております。本もちゃんと読んでおります。ただ、今読んでいる本の続きを注文したら、出版社が盆休みの関係で盆明けから2週間と言われてしまった。妙なところで盆に足下をすくわれるのである。
急ぎだったら別の本屋にするんだけれど、その本屋じゃないと商品券が使えないから仕方ないのだよなあ。
急ぎだったら別の本屋にするんだけれど、その本屋じゃないと商品券が使えないから仕方ないのだよなあ。
日曜と いうのに仕事 夏の暮れ。
2003年8月10日 今日も仕事である。21時まで仕事していた。しかし、仕事に「入り込む」ことが出来るようになると、ワーキング・ハイを感じてかえって楽しい。仕事というと対人関係が問題になることが多いが、幸い今やっている仕事にはそういうのがあまりないので純粋に楽しめる。
楽しみを仕事にしてしまうというのは良し悪しではあるけれど。
ところで、フリーダムズ・ランディングはおおよそ半分読み終わった。何となく「竜の夜明け」を彷彿とさせる。
楽しみを仕事にしてしまうというのは良し悪しではあるけれど。
ところで、フリーダムズ・ランディングはおおよそ半分読み終わった。何となく「竜の夜明け」を彷彿とさせる。
本屋の罠再び。
2003年8月8日※「サッカーの物語」の読書ログ掲載済み
昨日本を買ったばかりだというのにまた本屋に行って本を買ってきた。もともとは昨日買うつもりだった「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」を買うだけのつもりだったのだが、どうにもそれだけでは済まないのである。やれやれ。
ところで、今読んでいるアン・マキャフリィの本も、シリーズものの第1作なので、続きを買っておかないといけない。かくして、積ん読の本は溜まるばかりである。今年中に読み終わるかなぁ、これ。
昨日本を買ったばかりだというのにまた本屋に行って本を買ってきた。もともとは昨日買うつもりだった「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」を買うだけのつもりだったのだが、どうにもそれだけでは済まないのである。やれやれ。
ところで、今読んでいるアン・マキャフリィの本も、シリーズものの第1作なので、続きを買っておかないといけない。かくして、積ん読の本は溜まるばかりである。今年中に読み終わるかなぁ、これ。