今読んでいるのは、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」だ。Catcher in the Rye の村上春樹訳である。以前、野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」は読んだことがある。

 野崎訳のほうは、以前小泉今日子が自分の番組で紹介して、そのため凄く売れたことがある。その話を聞いて、どこが面白かったと思ったんだろう?と思った覚えがある。小泉今日子ごときにサリンジャーの良さなど分かるわけがないというのではなく、正直、自分は「この本のここが面白い」とうまく言葉に出来なかったからだ。ホールデン・コールフィールド君(18歳)の一人語り小説で、男の子だったこともある自分には「ああ、わかるわかる」という部分があるのだが、男の子であったことのない---はずの---小泉今日子には、そういう共感はなさそうであるし。

 今、村上春樹訳を読んで、以前より良く把握出来ているかというととてもそんな自信はない。この小説の意味するところを掴むことは果たして可能なのか。あるいは今の自分は何をこの小説からつかみ取れるのか。

 読書ログを書くときに考えよう。

コメント

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

日記内を検索